気ままに聖地巡り 幕末尽忠報国烈士伝 -MIBURO- 東京編
- 2018/01/01
- 22:51
新年あけましておめでとうございます。
昨年度は後半に行くにつれてサボりが露骨になってしまったので、今年はもっとブログを更新したいなと心では思いつつも、前半で燃え尽きそうな予感もします。まあ少なくともミブロの舞台に行くモチベーションがあるうちは更新を続けられると良いなあ…と言ったところです。
今回はMIBUROの聖地東京都の部です。忠臣蔵の時もそうでしたが、この作品は舞台の地名が出てくる上、史実に忠実なため聖地巡りどころかただの日本史オタクみたいになっているので場所としては大変見つけやすいです。他の作品の背景となれば歩いて探さなきゃいけない場合も結構ありますし。
どうでもいいですが今回は撮影がスマホです。スマホなのにデジカメと大差ないので家のデジカメはもう役に立たんです……。
千駄ヶ谷 植木屋平五郎宅(跡)
本編の背景はこちらなのですが、どうも現代にはこの建物は残っていないみたいです。と言うわけで代わりにこの植木屋平五郎宅なるものがあった跡をいくつかレビューしていきます
沖田総司逝去の地と書かれた看板があります。実は本編の総司√もちゃんとこの植木屋平五郎宅での出来事となっておりまして、やはりあのブランドの史実リンク度を感じさせられます。沖田総司が死ぬ前に黒猫に会った(飼っていた?)というエピソードがありますが、それも本編で反映されていました。
せっかく近くまで来たのでおまけで。こちらは少しわかりづらいですが、当時この付近にかかっていた池尻橋という橋の跡になります。前方の柵ではなくて後ろ側の岩がちょうどそれになります。2枚目を見ていただけると分かりやすいのですが、当時は水が流れていたかのように掘り下がった部分がこの付近にはあります。
JR板橋駅前 近藤勇の墓
JR板橋駅前にある近藤勇の墓です。東口を出ると見えるのでかなり分かりやすいと思います。文字が少し読みづらいのは光の関係ですかね、すいません。アナザーストーリーの新八√で出てくるのですが、こちらもあの作品が史実に準拠していたことを分からされる要素があります。
近藤勇さんの像ですが、こちらは先程のお墓の隣にあります。もっと下まで写す感じで撮ればよかったですかね。ちなみに像の後ろに見える小屋みたいなものはファンの交流用です。中には沢山のノートが入っていました。こういうところに自分の爪跡を残すのも面白そうだなあと素直に思いました。新撰組と言えばインレだけでなくむしろ女性向けなどで2次元化されている作品も多いだろうし、女性ファンも結構いそうですね。
お墓の左側に添えられている永倉新八さんのお墓です。これですよこれ。あまりにも本編のまんまで見ただけで感動しました。正直これは行くまで知らなかったのでびっくりです。ちなみに永倉さんは北海道で亡くなられているらしいのですが、そのあと遺骨の一部がここに移されているみたいですね。素晴らしい計らいすぎる……。こういうの見ると行ってよかったなあと素直に思うし、さらに史実が好きになります。
入口についているここですよ!と強調するための看板と、駅前にあった誠の文字が書いたマーク(MIBUROのアイコンなのでMIBUROマークと勝手に読んでます)付きの提灯です。これはまあおまけです。
日野(多摩モノレール万願寺駅周辺)
とりあえず背景の方を。石田寺(せきでんじ)の入口です。ここは土方家と馴染みの深いお寺らしく、中にも「土方家之墓」と書かれた墓石が沢山あります。ちなみに本編の背景に直接出てくることはないんですが、歳三さんのお墓の写真を撮るのを忘れていました。手は合わせてきました。
おまけその1。石田寺の入ってすぐのところにあるのですぐ見つかります。市の天然記念物みたいですが全然知らなかった…。大変素人臭い感想ですが、樹齢400という数字がなんとなく凄さを感じさせてくれます。木が好きな人なんかが見ればまた違った意見が出てくるのでしょうか。
おまけその2。かつて土方歳三の生家があったと言われる場所です。住宅街のど真ん中に突然現れるので正直見つけるのにかなり苦労しました。人通りが少ないので徘徊して怪しまれるなんてことがなかったのだけが幸いです。ただこのあたりの場所の雰囲気は非常に良かったので、住宅街とはいえかなりノスタルジックな気分になれました。
おまけその3。土方歳三資料館と例のMIBUROマークです。資料館の方は年末だからか流石に閉まってました。そもそも市が運営しているわけでもなさそうだし、入れる日には限りがあるっぽいですが。せっかくだから行ってみたかった感はなくはないですがまたこの辺りまで来るのはかなり骨が折れるので諦めます……。
本編で浅川って書いてあったから石田寺から少し南に行って浅川の写真を撮ってみたのですが、なんというか面影が欠片もなかったです……。それはそうと空が本当に綺麗な日でした。ちなみに隣の多摩川に桜並木?があるらしいので、もしかしたらそっちかもと思って行ってみたら、そこに続いている道(公園)がこれまた年末は閉鎖だったので諦めました。時期が悪いとしか言いようがないですけれども。
まとめ
東京都の聖地は全体的に未来に語り継がれる過程でできたようなものが多く、実際に新撰組が活動していた京都などに比べると盛り上がりに欠けるかなと思いましたが、実際そんなことはなかったです。名所は名所として現代に入ってもちゃんと残ってるってことが分かって、それだけでも大きな収穫になりました。特に総司さんの逝去の地に関しては、あの看板ができたのは最近の話みたいですし(平成26年3月と書いてある)。
年が明けたので今年は京都を中心に行ってみたいと思ってますが予定は未定です。武士の鼓動をプレイした時に行った屯所の周辺にもう1回行ってみたり、実際に戦いが起こった跡地に行ってみたり、やりたいことは沢山あります。
この記事では、インレ様「幕末尽忠報国烈士伝 -MIBURO-」の背景の一部を使用しています。
昨年度は後半に行くにつれてサボりが露骨になってしまったので、今年はもっとブログを更新したいなと心では思いつつも、前半で燃え尽きそうな予感もします。まあ少なくともミブロの舞台に行くモチベーションがあるうちは更新を続けられると良いなあ…と言ったところです。
今回はMIBUROの聖地東京都の部です。忠臣蔵の時もそうでしたが、この作品は舞台の地名が出てくる上、史実に忠実なため聖地巡りどころかただの日本史オタクみたいになっているので場所としては大変見つけやすいです。他の作品の背景となれば歩いて探さなきゃいけない場合も結構ありますし。
どうでもいいですが今回は撮影がスマホです。スマホなのにデジカメと大差ないので家のデジカメはもう役に立たんです……。
千駄ヶ谷 植木屋平五郎宅(跡)
本編の背景はこちらなのですが、どうも現代にはこの建物は残っていないみたいです。と言うわけで代わりにこの植木屋平五郎宅なるものがあった跡をいくつかレビューしていきます
沖田総司逝去の地と書かれた看板があります。実は本編の総司√もちゃんとこの植木屋平五郎宅での出来事となっておりまして、やはりあのブランドの史実リンク度を感じさせられます。沖田総司が死ぬ前に黒猫に会った(飼っていた?)というエピソードがありますが、それも本編で反映されていました。
せっかく近くまで来たのでおまけで。こちらは少しわかりづらいですが、当時この付近にかかっていた池尻橋という橋の跡になります。前方の柵ではなくて後ろ側の岩がちょうどそれになります。2枚目を見ていただけると分かりやすいのですが、当時は水が流れていたかのように掘り下がった部分がこの付近にはあります。
JR板橋駅前 近藤勇の墓
JR板橋駅前にある近藤勇の墓です。東口を出ると見えるのでかなり分かりやすいと思います。文字が少し読みづらいのは光の関係ですかね、すいません。アナザーストーリーの新八√で出てくるのですが、こちらもあの作品が史実に準拠していたことを分からされる要素があります。
近藤勇さんの像ですが、こちらは先程のお墓の隣にあります。もっと下まで写す感じで撮ればよかったですかね。ちなみに像の後ろに見える小屋みたいなものはファンの交流用です。中には沢山のノートが入っていました。こういうところに自分の爪跡を残すのも面白そうだなあと素直に思いました。新撰組と言えばインレだけでなくむしろ女性向けなどで2次元化されている作品も多いだろうし、女性ファンも結構いそうですね。
お墓の左側に添えられている永倉新八さんのお墓です。これですよこれ。あまりにも本編のまんまで見ただけで感動しました。正直これは行くまで知らなかったのでびっくりです。ちなみに永倉さんは北海道で亡くなられているらしいのですが、そのあと遺骨の一部がここに移されているみたいですね。素晴らしい計らいすぎる……。こういうの見ると行ってよかったなあと素直に思うし、さらに史実が好きになります。
入口についているここですよ!と強調するための看板と、駅前にあった誠の文字が書いたマーク(MIBUROのアイコンなのでMIBUROマークと勝手に読んでます)付きの提灯です。これはまあおまけです。
日野(多摩モノレール万願寺駅周辺)
とりあえず背景の方を。石田寺(せきでんじ)の入口です。ここは土方家と馴染みの深いお寺らしく、中にも「土方家之墓」と書かれた墓石が沢山あります。ちなみに本編の背景に直接出てくることはないんですが、歳三さんのお墓の写真を撮るのを忘れていました。手は合わせてきました。
おまけその1。石田寺の入ってすぐのところにあるのですぐ見つかります。市の天然記念物みたいですが全然知らなかった…。大変素人臭い感想ですが、樹齢400という数字がなんとなく凄さを感じさせてくれます。木が好きな人なんかが見ればまた違った意見が出てくるのでしょうか。
おまけその2。かつて土方歳三の生家があったと言われる場所です。住宅街のど真ん中に突然現れるので正直見つけるのにかなり苦労しました。人通りが少ないので徘徊して怪しまれるなんてことがなかったのだけが幸いです。ただこのあたりの場所の雰囲気は非常に良かったので、住宅街とはいえかなりノスタルジックな気分になれました。
おまけその3。土方歳三資料館と例のMIBUROマークです。資料館の方は年末だからか流石に閉まってました。そもそも市が運営しているわけでもなさそうだし、入れる日には限りがあるっぽいですが。せっかくだから行ってみたかった感はなくはないですがまたこの辺りまで来るのはかなり骨が折れるので諦めます……。
本編で浅川って書いてあったから石田寺から少し南に行って浅川の写真を撮ってみたのですが、なんというか面影が欠片もなかったです……。それはそうと空が本当に綺麗な日でした。ちなみに隣の多摩川に桜並木?があるらしいので、もしかしたらそっちかもと思って行ってみたら、そこに続いている道(公園)がこれまた年末は閉鎖だったので諦めました。時期が悪いとしか言いようがないですけれども。
まとめ
東京都の聖地は全体的に未来に語り継がれる過程でできたようなものが多く、実際に新撰組が活動していた京都などに比べると盛り上がりに欠けるかなと思いましたが、実際そんなことはなかったです。名所は名所として現代に入ってもちゃんと残ってるってことが分かって、それだけでも大きな収穫になりました。特に総司さんの逝去の地に関しては、あの看板ができたのは最近の話みたいですし(平成26年3月と書いてある)。
年が明けたので今年は京都を中心に行ってみたいと思ってますが予定は未定です。武士の鼓動をプレイした時に行った屯所の周辺にもう1回行ってみたり、実際に戦いが起こった跡地に行ってみたり、やりたいことは沢山あります。
この記事では、インレ様「幕末尽忠報国烈士伝 -MIBURO-」の背景の一部を使用しています。